あなたは知っているだろうか。
昔から言い伝えられる不思議な塔のお話しを。






ラプンツェルにキスをして





昔々、北の国で子供を欲しがっていた夫婦の間にようやく子供が生まれることになった。
天に向かい、祈りに祈って授かった命に、二人は涙して喜んだ。
暫くして、妻は家の裏にある魔女の畑のラプンツェル(チシャの葉)が無性に食べたくなり、夫に訴えるようになる。



「あぁ、ラプンツェルが欲しい。魔女の家のラプンツェルが欲しい。あの青々しくて瑞々しいラプンツェルを食べられなければ、私はきっと死んでしまうわ。」



夫は悩んだ。
魔女の庭に入ることは、禁じられている。
もし入ったらどんな災いが降りかかるかわからない。
しかし、妻は切実に何度も夫に訴えた。



「ラプンツェルが欲しい。欲しくてたまらないわ。」



ようやく身篭った妻の望みを、夫はどうしても叶えてやりたいと思い、夫は勇気を出して魔女の畑へ行くことにした。
夜の闇に紛れ庭に忍び込むと、菜を一掴み抜き、大急ぎで家に戻る。
そうして、ようやく盗ったラプンツェルを妻はむさぼるように喰らい、あっという間になくなってしまった。



「まだ足りない。もっともっと食べねば私は死んでしまうわ。」



夫は身重の妻の為、再び魔女の庭に忍び込んだ。
次の日も、そしてまた次の日も。
しかし、ある日いつものように魔女の庭へ夫が忍び込むと、そこには魔女の姿があった。




夫は、魔女に見逃して欲しいと懇願する。
どうか、どうか、ようやく妻は身篭ったのです、と。
すると、話を聞いた魔女は唇を吊り上げて、一つ条件を取り付けた。



「その妻に私のラプンツェルを差し上げましょう。その代わり、その妻が子を産んだらばその子を私に捧げなさい。さもなければ、その妻と幼子に呪いが掛けるだろう。」



時が流れ、妻は金に輝く髪を持つ女の子を生んだ。
赤子の泣き声を聞きつけた魔女は、泣いて縋る妻を横目に無理矢理赤子を奪い、そして、人の目につかないようにと高い塔の上に幽閉してしまうのだった。









魔女は太陽のように光輝く髪を持つ赤子に「カガリ」という名前を与え、カガリはその塔で育てられた。
高い塔には階段もドアもない。
ただあるのは小さな窓だけ。
そして、魔女は毎日その小さな窓に向かって呼んだ。



「カガリよ、カガリ、おまえの髪を垂らしておくれ。」



カガリが金に輝く長い髪を下ろすと、魔女はそれを伝って塔に登っていく。
出口も入り口もない塔の上で、カガリは魔女の為に髪を下ろし、美しい黄金の髪を梳かして毎日を過ごした。







そんな、ある日。
その国の若い王子が、狩をしに森に向かっていると、どこからか聞こえてくる美しい歌声に気付く。
誘われるように馬の足を止めて、周囲を見渡せば天に向かってそびえる高い塔の上で、歌を唄いながら艶やか髪を編んでいる少女がいた。


遠くから見ても輝くブロンドの髪
鼻にかかったとろけるような甘い声


その瞬間、王子は心臓がぎゅっと掴まれたような、切なく、儚く、そして甘い感覚に陥ってしまう。
そのとろけるような引力に、自然と少女の顔が見たいと王子は塔に歩み寄るが、その塔には階段もドアも存在しない。
ただあるのは小さな窓だけ。


王子は熱に浮かされた瞳でその場で立ち尽くしていると、森の影から魔女が姿を現した。
王子が慌てて木の陰に身を潜めれば、何も知らない魔女はいつものように塔に向かって叫ぶ。



 「カガリよ、カガリ、おまえの髪を垂らしておくれ。」



王子が首を傾げて見つめていると、小さな窓から、スルスルと金の髪が垂れ下がってきて、魔女はそれを伝って塔によじ登った。
王子はその光景に呆然とする。
しかし、塔の登り方を知るとすぐに艶やかな笑みを浮かべ、また夜にここを訪れることを決めた。





その夜、王子はは城を抜け出して、塔に向かって馬を走り出す。
そして、王子は昼間の魔女と同じように塔に向かって叫んだ。



「カガリよ、カガリ、おまえの髪を垂らしておくれ。」



カガリは何も知らず黙って髪を垂らす。
王子は、目の前に現れた金の髪にほくそ笑むと、その髪に掴まって塔の上に登っていった。











































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