ラプンツェルにキスをしてU








「お、お前は誰だ?!」



カガリは驚愕した。
魔女が登ってくるものだと思ったのに、自分が引き上げたのは濃紺の髪をした男だった。
自分とは違う逞しい体つきに、カガリはひどく困惑する。
それまでカガリは、一度も男の人というものを見たことがなかったのだ。



一方、王子は彼女の姿を近くで見て、言葉を失ってしまう。
その少女はこの世のものとは思えないほど、とても美しい人であった。


夜空に浮かぶ星を集めたように光輝くブロンドの髪。
琥珀色の宝石のような瞳。
熟した果実のような紅い唇 。
目、鼻、口、どれもこの世に存在する美術品より美しく、王子はカガリの容姿に魅せられてしまう。


「恐がらないで。大丈夫。」


少女の戸惑っている様子を見て、王子は穏やかに優しい口調で話し掛ける。
王子は颯爽と窓の枠を飛び越えると、少女の震える頬に撫でるように触れた。
それは、壊れ物に触れるような焦れるような指先で、カガリは触れられたことに驚き、頬を真っ赤にして叫ぶ。


「き、気安く触るな!」


カガリはその手を振り払うと、警戒するように窓から離れてしまう。
王子の手は所在なさげに垂れ下がり、カガリの態度に王子は呆気に取られた。
何故なら、王子は自分が女性の手を振り払うことはあっても、振り払われたことは人生で初めてのことだったのだ。
しかし、王子は怒るどころか、ふっと穏やかに口元を緩まして、優雅な物腰でカガリに忠誠を誓うような格好で跪(ひざまず)く。



「ご挨拶が遅れました。私はこの国の第一王子アスランと申します。あなたの美しさに魅せられて、この塔に登りました。」



優雅な口調で話すアスランは、とても穏やかで上品な人に見える。
カガリは少し安心し、警戒した心を少し解き放つが、アスランはカガリの気付かないところで、薄い唇を妖艶に吊り上げる。
そして、自然な動作で、カガリの長い髪を一房持ち上げると、自分の口元に持っていき、そのままその繊細な毛先に口付けてしまった。
それは美しいほど色っぽく、カガリはその行動にカッと頬が赤くなると、慌てて抵抗する。



「な、何をする!」



カガリは、王子から離れようとしたが、王子はカガリの反応を気にすることもなく、むしろそれを楽しんでいるかのようにチラリとカガリを見上げた。
極上の翡翠色の瞳がカガリの心を射抜くように見つめ、カガリの体は動かなくなってしまう。
その男は、よく見るととても美しい青年だったのだ。



白い陶器のような肌。
闇夜に溶けた濃紺の髪。
深い海で揺らぐ極上の碧い瞳。



全て計算されつくしたかのような整った顔立ちは、カガリを甘い意識の底へと引きずり込む。


男というのはこんなにも美しく、完璧な容姿なのか。
それともこの男だけが特別なのだろうか。


カガリは甘い感情が込み上げてくるのを抑えて、アスランを見つめた。



「あなたの名を伺ってもいいですか?」



「……カガリだ。」



アスランは愛撫をするように指先で髪をいじりながら、艶やかな笑みを浮かべる。



「カガリ……いい名前だね。」



アスランの器用な指先一つ一つの仕草に、カガリの体は熱くなっていき、熱くなればなるほど、自分が自分じゃなくなるような不思議な感覚にカガリは陥った。



な、何だこれは……… 。



カガリはアスランの行動一つ、一つに、戸惑ってしまう

毛先一本、一本に神経が通っているのではないのかと思うほど、カガリの体は敏感に反応していた。


甘くて、とろけそうで、心地良いのに、何故かそれを拒みたくなる。
この震えるような甘い波は一体どこからやってくるのか。


アスランの指先から、切ないほど甘い情熱が注がれて、このままどうにかなってしまいそうだ、とカガリは思う。
甘い溜め息を漏らしながら、できることなら、何も考えずこの甘い情熱に身を寄せてしまいたいと思った。




しかし、カガリには、それを本能のままに従うことに躊躇われる。
触れたくてたまらないのに、触れてはいけないと頭の中で警報が鳴っていた。
もし、これを受け入れてしまったら、今まで隠され続けていた箍は外され、壊れてしまうだろうとカガリは思う。



カガリはアスランに与えられる甘い感覚に体を震わせながら、目をぎゅっと瞑って、自分の気持ちを抑えつける。
アスランは、そんなカガリの無垢な反応にたまらなくなり、どうしようもないほど、心を奪われていくのを感じた。


「また明日……こちらに伺います。」


王子はゆっくりと名残惜しげにカガリの髪を離すと、指の隙間から金の髪が零れていく。
カガリは声が上擦って、呼びかける声すら上手に言葉が出なかった。





気がつけば、窓の向こうは朝焼けの空が広がっていて、夢の終わりを告げる。
アスランがカガリの金の髪を伝って下に降りると、カガリは、城に向かって馬を走らせるアスランの姿が小さくなるまで見続けた。



甘い影はひっそりと、舞う。
誰もいなくなった部屋で、カガリは彼の名を呼んだ。




「アスラン……。」




それは、逃げ出したくなるほどの、あまい響き。
(嗚呼、なんてもどかしい…… )



































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