参話 【正体】






「カガリ…何故、君が……」



ぼんやりと白い月が浮かぶ闇夜の中で、翡翠と琥珀の視線が絡み合う。



「アスラン……お前……!」



すかさずカガリは、アスランに掴みかかろうとするが、アスランはカガリの動きを瞬時に察知し、カガリに向かって刀を振りかざす。
尖った先端がカガリの喉の薄い皮膚に冷たく触れた。



「動くな。」



アスランの冷ややかな声に、カガリは固唾を呑む。
冷たい棘が喉を刺すのを感じ、アスランの刀はカガリの喉元に刀がギリギリのところで止まっていた。



「カガリ……君は何者だ。何故こんな所にいる。」



鋭い視線。冷たく響く彼の声。
しかし、カガリはアスランの気迫に怖気づくこともなく、キッと睨み返した。



「刀を下ろせ!」



その声と同時にカシャっと音がし、アスランは刀をカガリの喉の薄い皮膚を切りつける。
紅い血が、
細い線を描いてカガリの喉元から流れ出した。
アスランはその光景を暗く冷たい目でじっと見つめている。



「質問にだけ答えろ。何故、君が此処にいる。」 

 

カガリは、止まらない喉の血が冷たく首に流れていくのを感じた。
目の前にいる男は、カガリがよく知るアスランではない。
初めて見るその顔は、いつもの穏やかな笑顔は消え、暗く冷たい光を灯した瞳をしている。
それは幾人も刀で殺めてきた、人斬りの顔だった。

今の状況が尋常ではないことをようやくカガリが認識すると、体が急に震え出してしまう。
何とか二本の足で自分の体を支えようとするが、小さな風が吹けばそれも倒されてしまうのではないかと思うほど、震えるカガリの足元は頼りなかった。



「わ……私は……」



カガリは言葉を必死に紡ぐが、恐怖と不安で声を絞り出そうにも上手く出てこない。
そんな怯えているカガリを見ても、アスランは刀を下ろそうとはしなかった。
幾人も人を殺めてきた彼にとって、人を殺すことにそれ以上の感情は持てない。
同情をするのは簡単だが、彼女は賢い。
もしそれが敵の演技ならば殺されるのは自分だ。
相手がカガリだろうと、油断はできないし、もしこのまま何も言わないなら、それは肯定の意として受け取ろうとアスランは刀を握る手に力を込めた。



刀を振り上げ、風を切る音が聞こえる。
カガリは、このままアスランに殺されるのだと目をギュッと閉じた。




しかし、その刀は一向に下りず、少し離れた場所から金属と金属がぶつかり合う音がした。



……え?



何が起きたのだと、カガリがゆっくり瞳を開けると、そこにはアスランが暗闇で誰かと刀を交えていた。
いきなりのことでカガリの体は不意に力が抜け、地面にペタンと座り込みながら、闇の向こうをぼんやりと見つめた。
暗闇で、じりじりと二本の刀は一歩も引かず、アスランは苛立った様子で相手に叫んだ。



「お前は誰だ!俺の邪魔をするな!」



相手の顔は暗闇で見えない。
任務を邪魔されたことに怒りを覚え、アスランは力の限り刀を押し出そうとするが、それはビクともしなかった。
アスランと互角でやり合える腕の立つ武士はそうそういない。



……どこの武士だ。
闇夜に背後から襲うということは、自分と同じ暗殺か?



アスランは刀を引き、間合いを取るともう一度相手に立ち向かった。
しかし、相手は一瞬の隙も作らず、アスランの刀を受け止めると、敵は思わぬ言葉を発した。



「刀を引け!」



相手の言葉に、アスランの眉がピクリと動き、唸るように声を出す。




「………もう一度言ってみろ。」



「だから刀を引くんだ!僕は君を殺すつもりはない!」 



「………何だと?」



アスランは胸の内から沸々と怒りが湧き起こって来る。
武士にとって、敵のそれはあまりに屈辱的だった。
ましてや、自分の腕に自信を持つアスランにとって、はいそうですかと大人しく従うことなんて自分の負けを認めたのと同等のものだった。
それでもアスランは逸る気持ちを抑えながら、冷静に相手の出方を待つ。



「君を殺したくない!僕はそこにいる子を助けたかっただけだ!」



「それは残念ながら無理だ。これは俺の任務だ!」



冷静にきっぱりと言い放つと、アスランは大きく刀を振り回す。
相手はそれを見事に受け止め、怒りから大声で叫んだ。



「任務と言われれば、君は普通の人すら殺すのか!」



「あの女は人殺しだ!普通の女ではない、俺の仲間もあいつに殺された!」



「それは違う!」



「何故、そう言い切れる。」



「な、何故って………」



相手は一瞬言葉にするのを躊躇い、悲しそうに俯く。



「何故って……君の探している武士は……」



一瞬沈黙が漂い、相手は何かを振り切るように声を上げた。




「…この、僕だ!」



「何?!」




アスランは驚愕に震え、瞳を大きく見開いた。
目の前の男があの鬼のようだと呼ばれる武士なのか。
確かに剣の腕は申し分無いし、自分と張り合えるほどの反射能力や、腕力もある。
アスランは背中にゾクリとした感覚が駆け巡り、ふっと笑みを浮かべた。



「それは丁度良かった。任務を果たさせてもらう!」



アスランは口角上げて、軽い身のこなしで素早く相手の間合いに入り込もうとした。
しかし、不意にアスランの視界に黄金の髪がさらりと流れ込み、それの動きは寸でのところで止まってしまう。



「やめろ!」



カガリが手を広げて、アスランの前に立ちはだかっていた。
カガリの目からは大粒の涙が零れ、首から流れた血も止めずに震えていたが、そんなカガリにアスランは冷たい視線を送る。



「どけ、カガリ。」



「やめろ!こいつは私を助けてくれただけだ!何故それだけで殺されなければいけない!」



カガリは琥珀の瞳を揺らしながら、必死になってアスランを説得しようと試みるが、アスランは舌打ちをする。
今のアスランにとったら、カガリの行動に心動かされることもなく、自分の任務にも関係ない、ただ邪魔な存在なだけだった。



「これが俺の任務だ。君がもしこの任務の邪魔をするというのなら…」



アスランは刀を構え直し、その先端を前方に向けると、冷たく言い放つ。



「君も、殺す。」



アスランの言葉に、カガリは大きく目を見開いた。
震える体を、必死に頼りない二本の足で支えているのをアスランは見た。



これは命が懸かっている任務だ。
どんな理由がそこに存在しようとも、やらなければ自分がやられる。
そして、それを邪魔するのならば、例え女だろうと自分にとって敵でしかない。
それが、カガリだとしても。



アスランは瞳を閉じ、深く呼吸をした。
そして、刃の先をカガリに向け襲い掛かる。
白い刀は闇夜の月の光を反射し、黄金の髪を照らした。







アスランは、ゆっくりと地面に倒れいくカガリを、感情の消えた瞳でじっと見つめる。






青白い月に照らされたカガリは、黄金の蝶のように美しかった。





































































































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