世界の果てでさようなら

 






バイクは夜風の中に吸い込まれて、冷たい空気を切り開いていく。


「朝日を見に行こう。」


アスランが感情の無い声で呟く。
それはちょうど行為を終えて、惰性の空気に包まれながらカガリが眠ろうとしたときだった。
あともう少し目を瞑っていれば眠りにつけそうだったが、それでもアスランがこんな風に自分を誘うのは珍しいと思い、カガリは何も考えずに頷いた。





口から吐く息は白く零れ、それもすぐにバイクの速度と共に後ろへ流れていく。
夜の道路は静かで、時折数台の車が通り過ぎる以外は人も渋滞も遭遇しなかった。



信号が赤に変わると、バイクはゆっくりと停車し、アスランが後ろを振り返った。
ヘルメットをしている為その表情は伺えないけれど、それでもその奥でアスランが自分を熱っぽくじっと見つめられているような気がして、カガリはその視線を辿った。
暫くすると、信号が青になり、アスランは何事もかのように再び前を向いてバイクを走り出した。



頬に刺さる風は痛いほど冷たく、目からはじわりと涙が滲んだ。
手袋越しに触れるアスランの腰は、厚いコートに覆われていて掴みづらかったが、カガリはアスランの大きな背中を見つめて、ほんの少しの出来心でその背中に頭を預けてみる。
その瞬間、アスランの体が強張ったような気がして、カガリも何故か彼に初めて触れたときのようなこそばゆい衝撃がカガリの背中にかけ巡る。
アスランがどこに向かおうとしているのか、カガリには知らなかったし、ただアスランの大きな背中に体を預けていれば、そんなこともどうでもいいことに思えた。




どれくらい走り続けただろう。
夜の空が朝焼けで赤く滲み出した頃、ようやくアスランはバイクを止めた。
目の前には空の色を鏡のように写した海が広がっていて、カガリは駆け出した。



「わぁ……きれい……だ……」



カガリは朝焼けに染まる目の前の光景に目を奪われる。
夜空の隙間から、少しづつ顔だす朝の光は縫うように広がり、その光が海の水面に反射して幻想的な世界がそこにはあった。
ゆっくりとカガリの隣にアスランは頭を並べると、穏やかな口調で話し出す。


「いつか、カガリに見せたいと思ったんだ。」


カガリは無言でアスランを見つめると、無意識に涙が溢れた。
それは先程の寒さからの乱暴な涙ではなく、薄い膜が瞳を覆い、瞬きをするとその幕が壊れて、静かに頬を伝うような涙だった。


カガリが涙を堪えて鼻を啜ると、アスランの長い指がカガリの涙を掬う。
そうして、何で泣いてるの?と穏やかにアスランは訊ねてくる。
自分を見つめている翡翠の瞳は、朝日の光を飲みこむように美しい。
カガリは言葉が縺れて、上手に答えられず視線を外すと、アスランがカガリの耳元で優しく「カガリ…」と囁いた。
その声は、低くて滑らかに溶け込む。


カガリはもう一度朝日を見つめると、アスランも同じ方向を向いた。
二人で無言のまま、瞳に揺らぐ朝焼けを見つめる。


「きれいなものって……儚いよな。」


ぽつりと、零すように呟いたカガリの言葉に、アスランが目を見開く。


「…らしくないな、そんな台詞。」


アスランの搾り出した声が、少し不機嫌そうだった。
カガリは眉を八の字に下げて自嘲気味に笑うと、アスランが押し黙る気配がする。


戻ろうか、とアスラン。
カガリは頷いて、バイクの後ろに跨った。
その頃になると、朝焼けはすっかり消えて、やけに白く光る太陽が出ていた。




カガリがアスランの腰に手を回すと、アスランはそれに手を重ねる。
音を立ててバイクが走り出すと、二人は世界の果てまで走って行った。












世界の果てで


さようなら




































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