せんせい、という響きがもたらす甘い痛み。
澄み切った水は破くこともできず、静かに波紋が広がる。
せんせい、と呼べば振り向くけど。
ただ、それだけ。ただ、それだけなのだ。
愛はもがくために存在していた
「ザラ先生!」
廊下を歩いているアスランを、一人の女子生徒が呼び止める。
アスランが振り向けば、一年のメイリン・ホークが真っ赤な顔で立ち尽くしていた。
「これ受け取って下さい!」
メイリンはピンクの包装紙で包まれた可愛い箱をアスランに渡すと、そのまま廊下を立ち去って行く。
アスランは今日何個目かのチョコレートを受け取り、溜め息を吐いた。
……オレ、甘いの苦手なんだよな。
今日2月14日はバレンタイン。
アスランは朝からずっとチョコレート攻めにあっていた。
逃げても逃げても女の子達は追いかけてきて、逃げ切ったかと思い職員室に戻れば、自分のデスクには山のように詰まれたチョコレートが置いてある。
「俺、こういうの漫画でしか見たことねーよ。」
と同僚のディアッカは愉快そうに笑う。
他人事だと思って、とアスランはディアッカを恨めしく思いながら、もう一度溜め息を吐いた。
「じゃあ、56ページのやつを。図はノートに写しといて下さい。」
アスランはスーツの上から白衣を見に纏い、淡々と授業を進めていく。
教室を見渡せば、この中でも何人かの生徒からチョコレートをもらったのを不意にアスランは思い出す。
こんなときどうしていいかわからないものだと、アスランは視線を伏せた。
「エンドウの種子には、二種類あります。このマメが、このように対になる形式を対立形式といい、メンデルの法則では……」
「先生。」
呼ばれた声にふと顔を上げれば、カガリ・ユラ・アスハがこちらを見ていた。
視線が絡まり合うと、普段は星のような色をした琥珀の瞳も、今はどんよりと暗く光っている気がする。
何故……と思うより先に、カガリの方から口を開いた。
「体調が悪いので、保健室に行ってきます。」
隣に座っていたフレイが「大丈夫?」と声を掛ければ、カガリは「大丈夫だ」と、いつものように笑う。
「カガリ。俺、保健室についてくよ!」
そう言って、クラスメートの視線を浴びたのはシン・アスカ。
カガリがきょとんとした瞳をシンに向けると、シンは体の底から熱くなっていくのを感じて、照れ臭そうに頬を掻く。
「ほら……やっぱ……心配だし……」
アスランはそれを怪訝に思い、もう一度カガリを見つめると、カガリはシンの方を向いて心底ホッとしたように微笑んだ。
「シン、ありがとう。……先生、いいよな?」
「あぁ。」
アスランは、何事もなかたちょうに背中を向けて黒板に続きを書いていく。
後ろからドアの閉まる音がして、アスランは静かに瞳を閉じた。誰に気付かれるわけもなく。
* * * *
「カガリ?」
白いカーテンを開けると、そこには瞳を閉じて眠るカガリがいた。
アスランは授業が終わってから、カガリが心配で様子を見に来たのだ。
近寄って頬に触れれば、伏せられた睫毛は長く弧を描き、ふっくらとした唇から寝息が静かに聞こえる。
ブロンドの髪が白い枕に広がった、その姿はまるで童話に出てくるお姫様のようだと、アスランは固唾を呑む。
こんなにも美しい人が、まだ十七歳の少女なのかと思うと、アスランは何だか居た堪れない気持ちになってしまう。
「また来るよ。」
カガリの前髪を掻き揚げ、露になった額にキスをすると、アスランは保健室を出て行った。
目が覚めて。
白いカーテンが目に入る。
だるい体を起こして、白いカーテンを少し開けると、先程までいた保険医のマリューはいなくなっている。
カガリは、もう一度横になると瞳を閉じた。
瞼を閉ざしたと同時に涙。
さっきアスランが来たけれど、咄嗟に自分は寝た振りをしてしまった。
額にされたキスは甘い余韻を残したが、でもそんなのどうってことないんだと、カガリは自分に言い聞かせる。
たった一つのキスで、全てを流してしまうのは簡単だけど、そうやって見て見ぬ振りをしながら、塵に積もったものの上に自分とアスランの関係を築くのは、カガリには何だかやりきれなかった。
カガリは知っていたのだ。
アスランが、他の生徒からバレンタインをもらっていることを。
でもアスランは、カガリがそれに気付いていないと思っているし、そのことについてカガリには何も言わない。
それがアスランの気遣いで、優しさなのだ。
いつだってアスランは皆が傷つけない方法を探し、それはとろけるほどの優しさで、でもそれはじわりじわりとカガリを孤独にさせていく。
だから、こうして一人枕を濡らしていることを、アスランには言えないとカガリは思うのだった。
* * * * *
「具合大丈夫か?」
「……うん。」
アスランの運転する助手席にカガリは乗っていた。
カガリの熱は一向に下がらず、結局早退することになったのだが、カガリの両親は仕事があって迎えに来れない為、クラスの担任であるアスランが家まで送ることにした。
カガリは車に乗ってからずっと俯いていて、その顔は青白い。
きっと具合が悪いせいだとアスランは思い込み、そんなに辛いのかと心配する。
「もしかして車に揺られて、吐き気でもするのか?」
カガリは静かに顔を横に振る。
「もし気分悪くなったら、すぐに言って。」
カガリは力なく頷いた。
窓から景色が流れるのを横目に、どんどん自分のマンションが近くなってくるのがわかる。
こうして表面だけを撫でる会話を繰り返して、一体自分達は何なんだろうと、カガリは思う。
先生と生徒であり、婚約者と恋人という関係。
きっと、この関係は一つも満たされない。
生徒と先生という関係が円満であれば、恋人としての自分達の距離は離れるし、恋人としての自分達を意識しはじめたら、今度は学校でお互いに異性と触れる相手を見て嫉妬ばかりしてしまう。
どうしていいかわからないから、耳を塞いで、瞳を閉じて、言葉を失う。
そうして、また自分達の心が離れていくのに気付きながら、車内は柔らかな沈黙が二人の間を裂いていった。
「じゃあ、体温計と薬はここに置いておくから。」
アスランはサイドテーブルにそれらを置くと、カガリの額を撫でる。
少し熱い体温は、額がしっとりとしていた。
「……早く、元気なカガリが見たい。」
カガリが瞳を大きく開けてアスランを見つめると、アスランは困ったように笑っていた。
「今日のカガリはずっと静かで元気がなくて……いつもはお転婆で手が焼けると思うけど……でも元気のカガリが見れないのは寂しいな……。」
カガリは心配そうに自分を見つめるアスランと視線が絡まり、悲しみにも似た怒りが込みあがる。
「おまえ……」
「え?」
アスランは、カガリが小さく零した言葉を聞き返す。
カガリは不意に何かが切れたかのように泣き出した。
「お……お前のせいだ……私が元気ないのも……静かなのも……全部……全部お前のせいだ!」
アスランは、カガリが何を言いたいのかさっぱりわからず、心配そうに首を傾げる。
「……どうしたんだ、カガリ。そんなに熱がつらいのか?」
アスランは、きっと熱のせいで感情が苛立っているのだと思った。
いつもは弱音も愚痴も吐かない分、体調が悪いと、こういう風に心が弱くなってしまっているのかもしれない。
「違う!熱とか…そんなんじゃ……なくて……アスランが……」
カガリはそこまで言って、言葉を閉ざす。
バレンタインでチョコレートをもらったから嫉妬した、なんて言えないと思ったのだ。
思えば、こんなにも簡単に不安になって、泣いたりヒステリックになっているのは、バレンタインでチョコレートをアスランが受け取っているからだ。
ただそれだけで。
しかし、されどそれで。
いつだってアスランには、自分の良いところだけを見つめて欲しいと思う。
こんなにも心の狭く、惨めな自分なんて、知って欲しくない。
ましてや、年上なアスランには。
「……俺がどうかしたか?もしかして、何かカガリの気の障るようなこと言った?」
カガリは泣きながら、顔を横に振る。
「じゃあ、どうしたんだ?」
「アスラン……。」
「ん?」
カガリが縋るようにアスランを見つめれば、優しいアスランの瞳と視線が合う。
「怒らないか?」
「怒らないよ。」
「幻滅しないか?」
「幻滅しないよ。」
アスランの声はどこまでも穏やかで、カガリには自分の寂しさや不安も、その声色に溶けていくような気がした。
カガリは正直に自分の気持ちを話そうと、重い口を開く。
「私……アスランがチョコレートをもらうところを見たんだ……。」
あ、とアスランは口を開くと、不安気に自分を見つめるカガリの琥珀の瞳と視線が合った。
アスランは、ふっと笑うとカガリの頭をポンポン叩く。
「なんだ、そんなことか。」
アスランがそう口にすれば、カガリは自分が熱あることも忘れて、アスランに掴み掛かった。
「そんなことって!そんなことでは、ないだろ!」
急にムキになるように声を荒げるカガリに、アスランは驚くように目を丸くした。
「だって、カガリは俺の婚約者だろ?俺はいつだって、カガリを愛してるよ。それでどうして不安になることがある?」
興奮を宥めるように、優しくアスランはカガリに話し掛けるが、カガリの心はどこか釈然としなかった。
「婚約者だからこそ!愛してるから不安になるんだよ!」
距離が近くなればなるほど、今度は失うのが怖くなる。
いつだってカガリには、そういう不安があった。
「俺だってカガリを愛してるさ。だから不安になることなんてないって言ってるだろ?」
「それは、そうだけど……でも!」
「俺だって不安になることはある。だからお互い様だ。」
「違う!そういうことじゃなくて!」
「……じゃぁ、何だって言うんだよ。」
アスランは疲れたように溜め息を吐くと、カガリから視線を逸らした。
その態度にカガリも尻込みし、二人の間に重い沈黙が降り注ぐ。
「……何度も言うけど、俺はカガリを愛してる。それじゃ信じてくれないのか?」
「信じてないわけじゃない……けど!」
そうじゃない。
信じてるとか、信じてないとか、愛してるとか、愛してないとか、そういうものを疑っているわけではない。
アスランの言っていることは、どこまでも正しく聞こえるが、それなのにどこかしこりを残らせる。
バレンタインのチョコレートの話をしていたはずなのに、どんどん視点がずれて、相手の気持ちもわかりきっていても、どこか違う。
カガリはアスランを掴んでいた手を力なく解くと、小さな声で呟く。
「アスランは……全然わかってない……」
「………。」
カガリの言葉が聞こえたのか、聞こえてないのか、アスランは黙り込んでいる。
その顔は強張って無表情で、それがアスランの怒り方であることをカガリはよく知っていた。
「アスラン……そろそろ学校に戻った方がいい……。手間を取らせて悪かったな。」
もうこれ以上話をしても二人の意見は平行線だと思い、カガリはアスランに背を向けて、布団に潜り込んだ。
そして、アスランに悟られないように肩を震わせて泣いてしまう。
狭い空間で息が苦しく、顔になまるい息が掛かった。
それでも止まらない涙を流していると、急にカガリの上に重みがかかってくる。
何事かと暴れて布団から顔を出すと、アスランが冷たい目をして自分の上に乗りかかっていた。
「あ……アスラン……?」
カガリの呼ぶ声にも耳を貸さず、アスランは無理矢理カガリの唇に自分の唇を押し付ける。
カガリはびっくりして声を上げると、その声もまたキスによって飲み込まれていった。
「あ……アスラン……やめろ!」
カガリが何とかアスランから逃れようとし、アスランを力一杯突き飛ばした。
いつもならアスランの方が力もあるのに、そのときのアスランは力なくよろけてしまう。
「ご、ごめん!大丈夫か?」
カガリはびっくりして、よろよろとアスランに近寄る。
顔を覗けば、アスランの翡翠の瞳はどこまでも暗く光っていて、背中を裂くような、揺らめく焦燥を感じながら、カガリはゾクリと背中が震えた。
「ア……アスラン……?」
カガリが声を掛ければ、アスランは強い力でカガリを自分の体に押し込めてしまう。
カガリはアスランの腕の中で暴れるが、息も出来ないほど強く顔をアスランの胸に押し付けられて大人しくなった。
そうしてアスランは、カガリが大人しくなったのを見計らうと、重々しくどんよりと口を開く。
「……ごめん。」
それはいつも大人で落ち着いたアスランの声ではなく、今にも泣きそうで、どこか弱々しいものだった。
「俺……本当にカガリを愛してる……きっと、カガリが思うよりも……もっと、ずっと。」
滑り落ちるアスランの擦れた声が、カガリの耳に届く。
「だけど……カガリは俺より若いし、未来もある……それなのに、こんな年上の俺なんかといいのかって……いつも不安で、不安で。格好悪いから……そんなのカガリの前で出してなかったけど。」
アスランの口から、思わぬ言葉が飛び出てきて、カガリは目を見開いて驚く。
カガリはアスランの洋服を、より一層強く握り締めると、その言葉の続きを黙って聞いた。
「今日だって、カガリが保健室に行くとき……シンがついていくって聞いて、本当は嫌だったんだ……。」
「でも、あれは……」
カガリが口を挟もうとすると、アスランにその口を掌で閉ざされてしまう。
「わかってる。カガリがシンのこと何にも想ってないってことは……まぁ、シンはわからないが……でも、やっぱそういうのは面白くない。……カガリが他の男としゃべったり、仲良くしてるのが嫌なんだ……。」
そこまで聞いて、カガリは何も声を掛けることができず、アスランの顔を見上げる。そこには今にも泣きそうで、カガリはアスランに抱かれながら、自分が彼を支えないとそのまま倒れてしまうんじゃないかと思うほど、今の彼は脆く見えた。
「だから……さっき言ったことは矛盾してるように聞こえると思うけど、あれはカガリに言ったんじゃない……」
アスランは一拍置いてから、重々しく口を開く。
「いつも……自分に対して必死に言い聞かしてたことだったんだ……。」
そうして、アスランは震えた声で許しを請うように呟く。
「ごめん……カガリ…。」
カガリの洋服に、ぽたぽたと染みが出来る。
それがアスランの涙だということに、カガリが気付くのにそう時間はかからなかった。
「ごめん……さっきは……ひどいことして……もっと大事にしたいって……優しくしたいって、いつも思ってる……それでも……俺は、君のことが愛おしすぎるんだよ……理性が利かないくらいに。」
アスランは、瞳を不安気に揺らすと、カガリの琥珀の瞳を見つめた。
「……こんな婚約者に幻滅したか?」
カガリはゆっくりとアスランの頬に手を差し伸べて、アスランの涙を白い指で拭う。
「幻滅なんてしてないぞ。」
「でも……俺は……カガリにふさわしくない……」
「そんなことないさ。」
「だけど、俺はカガリを……傷つけた……。」
カガリは眉を八の字に下げて、困ったように笑う。
「アスランは馬鹿だ。……やっぱ教師でも馬鹿は馬鹿なんだな。」
カガリは立ち膝になると、自分の胸にアスランの頭を抱きしめる。
アスランは驚きながらも、カガリのされるがままに頭をカガリに預けて、頭上から聞こえるカガリの声が耳に滑り落ちてきた。
「……いくら大人でも嫉妬してくれないアスランより、嫉妬してくれるアスランの方が私は嬉しい。……だから、好きだぞ。アスラン。……お前が思うより、もっと、ずっとな。」
そう言ってカガリは、アスランの顔を覗き込みながら笑った。
それはいつものように明るい、太陽みたいな笑顔で、それなのにどうしてかこの笑顔を見ると胸の奥がぎゅっと締め付けられて、また涙が出そうだとアスランは思った。
アスランがその笑顔を見つめていると、カガリが鞄からごそごそと何かを取り出す。
それはライムグリーンの包装紙で包まれた、カガリからのバレンタインだった。
「アスラン、これ……。」
照れ臭いせいか、ぶっきらぼうにそれを渡してくるカガリに、アスランは笑う。
それを見てカガリが頬をぷぅっと膨らますと、アスランはそのやわらかな頬に口付けた。
そうしてアスランは、カガリを自分の膝の上にカガリを乗せて、後ろから抱きしめると耳元で「開けていい?」と訊ねる。
カガリが、こくりと頷くのを見ると、アスランはそれを丁寧に包装紙を開けていく。
「これ……カガリが作ったのか?」
「あ、当たり前だろ!」
箱の中には、市販で売られているような立派な形をしたビターフォンダンショコラが入っていた。
一つのサイズが大きいので、アスランはそれを手で割ると、中からとろりとしたチョコレートが流れ出て、洋服の上に垂らしそうになる。
「おっと……。」
アスランは慌てて、それを箱の上に持っていくと、液状のチョコレートが箱の中で零れ落ちていく。
「あ、アスラン、手汚れてる。」
カガリはそれをティッシュで拭こうとすると、アスランはそれをやんわりどけて、そのままチョコレートに濡れた指先を舐める。
「あまい……」
その言葉に、カガリは心配そうに声を掛けた。
「甘いのダメか?これでもビターだから、甘さは控えてあるんだけど……。」
アスランは、カガリの華奢で線の細い体を優しく抱きしめると、耳元で甘い息をかけながら「ううん、おいしい。」と囁く。
その言葉に、カガリの頬が緩んで嬉しそうに笑うと、翡翠の瞳と視線が絡まる。
その深い海のような瞳に見つめられるとカガリの頭はぼぉっとしてきて、そのまま吸い込まれるように二人はキスをした。
何度か掠めるようなキスをして、唇を離すと互いの額をくっつけて見つめ合う。
「すき・・・・・・」
熱に浮かされたようにカガリが呟けば、アスランはたまらなくなってもう一度カガリの唇を塞ぐ。
深く、熱く、唇の先から二人が溶け合うようなキスをして、もつれあうようにベッドの上で横になった。
角度を変えても唇を離すのは惜しくて、このままとろけて消えてしまうんじゃないかとほどの長いキスを繰り返す。
すると思考が遮断された向こうで、アスランのポケットから携帯のバイブレーションが鳴り出した。
「あ……すらん……」
けいたい……と、たどたどしくカガリが言うと、アスランは携帯を床に放りなげた。
固いフローリングの上で、一段とその振動が部屋をうるさく騒いで、アスランがどんどん唇から下の方に向かってキスをしていても、カガリの意識は携帯の方に向いてしまう。
「も…しかして……がっこう……からじゃないか……?」
アスランはカガリの白い肌から唇は離すと、何か言いたげなカガリの顔を上から見下ろした。
アスランは、もう一度カガリの赤い果実のような唇にキスを落としてカガリに訊ねる。
「俺が今すぐ学校戻るのと、もう少ししてから学校戻るの、どっちがいい?」
カガリが選んでよ、とアスランは柔らかな耳朶を舐めながら、甘く囁く。
「そ、そんな……」
選べるわけがないと、カガリは困ったようにアスランを見つめる。
本音としてはもっと一緒に居て欲しいけど、それを言えばこれから先何が起こるのかわかりきっているようなものだ、とカガリは顔を真っ赤にした。
「早く答えて……カガリ……」
アスランはカガリの唇を、細く長い指で弄ぶ。
細められた翡翠の瞳はどこか楽しげで、カガリはもっと焦ってしまう。
「い…いじわる。アスランはいじわるだ……!」
涙が溜まった琥珀の瞳は、アスランを睨みつける。
「……ひどいなぁ。せっかくカガリの意見を聞いてあげてるのに。」
「だ、だって……。」
「でも、もう答えなくていいよ。」
「え?」
キョトンとした瞳で首を傾げると、アスランは甘美な笑みを浮かべる。
「カガリが答えないってことは……まだ俺とずっと一緒にいたいってことなんだろ?」
「ち、違う!」
思わず否定するカガリ。
しかしアスランは、真っ赤になって否定しているカガリを、もっと追い詰める。
「何で恥ずかしがるの?それとも本当に嫌なの?」
「そ、そういうわけじゃ……ないけど……。」
最後の方から段々と声が小さくなっていくカガリを、アスランは愛おしそうに見つめた。
「わがままだなぁ。カガリは。」
その声は、どこまでも優しく他の人から見たら恥ずかしいほどの、とろける色をしていたが、カガリは不安気に瞳を揺らして、縋るようにアスランを見つめる。
「こんな私……ダメか?」
アスランは慈しむように、カガリの柔らかな頬を指先で撫でる。
「ううん、かわいいよ。わがままって、褒め言葉だから。」
「な、何だよ!それ!」
「わがまま言っていいのは、カガリの特権だから、ね。」
だから、もっとわがまま言って……とアスランは甘く囁く。
カガリは、もうどうしていいのかわからず困った顔でアスランを見つめる。
アスランはそんなカガリを見て、溜め息を漏らした。
「こら、そんな困った顔をするな。もっといじめたくなるだろ。」
どうしてこう、自分の心を簡単に彼女はかき乱すのだろうかと、アスランはもう一度カガリの唇にキスをする。
今更、この行為を終わらせることなんてできないと深く感じながら。